Destructured
Yutaka Yamauchi

トランスローカル

シンク・アンド・ドゥタンクRe:publicからMOMENTという雑誌の創刊号が届いた。最初話しを聞いたとき、なぜ今雑誌を出すのか、そのことの意味がわからなかった。雑誌という媒体はもはや意味のない古臭いものではないか。

IMG_4461

この雑誌は「トランスローカル」という概念でまとめられている。そして、創刊号の特集はエイブルシティ。バルセロナ、阿蘇、アムステルダム、奈良などの取り組みが取り上げられている。それぞれの事例は… Read More…

EGOS Workshop in Kyoto

今年12月13-15日に京都大学でEGOS and Organization Studies Workshopを行います。発表申込は6月30日締切です(1,000ワード以内)。正式にはウェブページCFPなどで説明していますが、個人的な思いを書いておきたいと思います。

EGOS (European Group for Organizational Studies)は2,500人以上の会員がいる組織研究の学会組織です。経営学ではAcademy of Managementという巨大な学会組織がありますが、EGOSは組織研究に特化し、ヨーロッパを中心とながらグローバルな会員を抱える、存在感の大きなコミュニティです。毎年7月の年次大会(Colloquium)には、日本の研究者もそれなりの数参加しています。今回はEGOSとそのジャーナルであるOrganization Studiesの名前をつけたワークショップを、京大で日本のコミュニティ向けにやるということです。

私のように主流派ではない研究をしていて、むしろ主流派に批判的な場合、米国中心のトップジャーナルというのを狙うのには限界があります。例えば、エスノメソドロジーをやっていて組織論で論文を出していきたいと考えている研究者は一定数いますが、方法論的な特異性から組織論で出せるジャーナルは限られてしまいます。具体的には、Organization StudiesとJournal of Management Studiesが我々の中でのトップジャーナルです。米国系のジャーナルは、何かの特集でうまく入り込まない限り、レビュアーが見当違いなことを言い始めて終ってしまいます(エスノグラフィだと勘違いしているレビュアーが最もたちが悪いです)。エスノメソドロジーに限らず、そういう非主流派の領域でやっている研究者は同様のジレンマをかかえていると思います。

しかしながら、2016年にサバティカルを取ってヨーロッパに滞在してわかったのは…
Read More…

デザインに哲学は必要か?

古賀徹先生から、『デザインに哲学は必要か』(武蔵野美術大学出版局)をご恵贈いただきました。ここで展開されるデザインは、人間-脱-中心設計というような標題で私の考えていることに重なるので、とても刺激を受けました。私自身、デザインがもはやデザイナーのすることには限定できない昨今の状況で、デザインをどう捉えるのかという問題に頭を悩ましてきました。古賀先生のお人柄をあらわすような流れるような文章を、私なりになんとか理解しようとしたぐちゃぐちゃの痕跡を書きとめたいと思います。

古賀先生は、デザイナーが人々が豊な生活を営めるように技術を洗練させていくものというデザインを、デザイン2.0と呼んでいます。うまく考え抜かれて、わかりやすく、痒いところに手の届くようなデザイン。これは人間中心設計と呼ばれるものでしょう。

デザインによってすべての問題が解決された世界においては、人間もまた、その潜在的機能を充分に発揮しながら〈何ごとも起こらない〉ままにスムースに死に至るである。(p. 39)



これがデザイン2.0です。それに対して、「デザイン3.0」とは次のようなものです。

デザインは技術を洗練させるとともに、その技術を要求する人間に対し、「本当にそれでよいのか」と同時に問いかける技術でなくてはならない。このような、〈問いを発するデザイン〉のあり方を「デザイン3.0」と定義することができる。(p. 41)



デザイン3.0とは、単に人間を豊かにするためにうまく機能するシステムではありません。まずシステムは閉じられないため、考え抜いて作ったとしても期待通りにうまく機能することはありません。必ず、システムは危険にさらされます。本来人間を豊かにするはずだったシステムは、多くの矛盾をもたらすでしょう。そこで重要となるのがデザイン3.0ということになります。そこではむしろシステムは閉じられず、自らが問いを発することになります。しかし、「技術」が「人間」に向かって問いを発するとはどういうことでしょうか?
Read More…

コンビニという安らぎの空間

学部の学生と一緒にコンビニについて考えています。コンビニは学生に身近なトピックであり、現在進行形で社会問題にもなっているテーマですので、扱うにはちょうどいいかと思いました。学生との議論を先日週刊ポストの取材(なんでやねん)で話して盛り上がりましたので、すこし書いてみました。

コンビニは、いつでも欲しいものが簡単に手に入る便利なものとして発展してきたというのが一応の常識です。しかしコンビニは便利で効率的なものというだけではなく、現代の社会において「文化」を形成しています。学生の話しを聞くと、コンビニで知り合いに会うと気まずい。複数人のグループで行くのは違和感がある。夜バイトの帰りに疲れたときに、フラっとコンビニに寄りたくなる。考えることなくぼーっとしていられる空間。店員から声をかけられることもないし、自分の個人的な空間。大きすぎず安心できる空間。というように捉えているようです。そういう意味では、コンビニは便利であるという以上の何かです。都会でない場所で育った学生さんは、夕食後に家族でコンビニに行って、それぞれが自分の好きなスイーツなどを買ったり雑誌を見たりするらしいです…
Read More…

論文の構造

ようやく新年度です。なんとか全員の博士論文の目処がつきました。すでに学位を取られた方々、おめでとうございます。論文の書き方については何度か書きましたが、こういうことを学ばずに博士号を取って修了してしまう学生さんが多いという現実に責任を感じています。下記は私の個人的な説明ですし、他の教員は違った説明をすると思います。どの教員も考えを持って指導しているので、それぞれの説明を聞いて自分なりに参考にするのがいいかと思います。ちなみに自分がきちんとできているという意味ではありません。

組織論という我々の領域では、論文の根幹は理論的な貢献です。何か新しいことがわかったというだけでは、論文が成立しません。次の4つのステップからなります。


Asset 5@2x


Read More…