Destructured
Yutaka Yamauchi

なぜアートシンキングか

デザインセミナー「アートシンキング」を実施します。受講生募集中です。なぜアートなのか、どういう意味でアートなのかと疑問に思われている方が多いと思いますので、何回かに分けて補足したいと思います。私の周りにはアートシンキングに(アートにではなく)懐疑的な人が多いですし、違和感を感じられているかもしれません。私がアートシンキングには懐疑的であることは間違いありませんが、それなりに考えているのです。このブログではデザイン思考の限界とアートシンキングの可能性についてご説明したいと思います。

デザイン思考の限界が議論されていますが、その原因のひとつは「エステティック」を排除したことだと思います。エステティックは感覚的な美しさのようなものに関わる概念と捉えられていました。従来の意味でのデザイン、つまりプロダクトやグラフィックなどのデザインでは、この美しさは重要な要素であったと思います。一方で、デザイン思考はデザインをモノやイメージではなく、より脱物質化して捉えようということですので、このエステティック概念を取り込めませんでした。しかしアートはずいぶん前に美しさを求めることから手を切っているので、この概念自体を考え直さなければなりません。

デザイン思考がエステティックを排除した別の理由があります。それはデザインはデザイナーだけのものではなく、誰でもデザイナーになれるという短絡的な言説に基づいています。この言説においては、エステティックはデザイナーあるいはアーティストのエリート主義的な領域であり、デザイン思考はそれを批判する立場となるわけです。美しさとしてのエステティックは洗練されていることを示す概念なので、それを作り出す人や理解できる人の洗練さを意味します。これは2000年以降のソーシャリーエンゲージドアート、その前のリレーショナルアート、さらには60年代のシチュアシオニスト、ハプニング、フルクサスなどで繰り返されてきた馴染のある議論ではないでしょうか。

しかし、デザインにとってエステティックは付け足しのようなものではありません。10年ぐらい前からなぜデザインという概念に注目が集まったのかを考えなければなりません。ひとつの理由は、デザインが価値の源泉のように理解されたからでしょう。資本主義社会はこの50年ほど芸術の領域の成果を借りてビジネスに持ち込むという、美化(aestheticization)の実践を行なってきました。しかし、これも枯渇してきて、キレイに、カッコよく、クールに作ったものが、すぐに陳腐になるというサイクルに陥っています。そもそも価値を高めようとすると価値がなくなるサイクルとなり、従来のブランドが力を失いました。

そこで現在は、この資本主義のサイクルを宙吊りするようなものにこそ、価値があるということになります。そして、デザインが重要になってきたというのは、この動きと同期しています。しかし、デザイン思考が肝心のエステティックを排除したため、この可能性を自ら閉ざしたとも言えます。だから、アートシンキングに議論が移ることは必然ではありますが、もともとのエステティックを理解しなければ、デザイン思考と同じ結末になることは目に見えています。

それではエステティックとは何でしょうか? 私はJacques Rancièreのエステティック概念(美学=感性論的体制)がとても重要だと考えています。つまり、エステティックとは、既存の階層秩序を宙吊りにし、そこから排除された表現が可能となる新しい領域を切り開く動きです。カントが既存の利害体系から無関心である適意と呼んだもの、シラーの素材や形式から自由な遊戯など、この宙吊りを表現しているのです。ここで重要なのは、エステティックが何か作られたものの特徴ということではなく、「動き」であるということです。いくら革新的で、創造的でも、閉じられた秩序の体系を作ったのでは、エステティックはありません。エステティックには緊張感があり、何かが攪乱されている違和感を生み出します。実はこの水準で政治と結びつきますが、これは別途書きたいと思います。

まとめますと、デザイン思考を越えるためには、デザインの本来の意味に戻らなければなりません。そのひとつがエステティック概念なのです。そして、これがアートシンキングを持ち出す重要な理由です。
デザインセミナーでは、このようなことを議論しつつ、実際にこのようなエステティックを生み出すアート実践も試みます。

デザインセミナーは
デザインイノベーションコンソーシアムのプログラムのひとつです。一般の方も参加できますが、コンソーシアム会員企業の方々は割安で参加いただけます(会員企業の従業員の方であればどなたでも会員資格で参加できます)。いつもながら参加費が高いのですが、コンソーシアムは営利企業ではなく、社会のため、会員企業のために活動しており、儲けはありません。4週間の間に5回のリアルタイムZOOMセッション、その間にオンデマンドの講義と課題、4名の一流のゲストスピーカーなど盛り沢山で、実質的には丸5日分ぐらいのワークショップの内容です。